アルバムコンセプト
本作 SKY ISLAND はこの世のすべてにおける「生と死」、人間の生死、ものごとの生死、生まれては消えていくもの、消えるために生まれてくるもの、森羅万象、偶然的な生死、必然的な生死、そしてその境のないものを含め、それらを彷徨う世界というものが全体を通してテーマになっています。
アルバムカバー写真について
素晴らしいフォトグラファー、アマノ・アーミンさんに作品を提供していただく事ができました。この写真は彼がプライベート購入者向けに一定数のみ制作しているカレンダーの中の一枚ですが、アルバムカバー用と言う事で、彼の作品の中から好きなものを選んでよいと言ってもらえたので、いくつかの候補から悩んだ末に決めたものです。彼はオーストリア人ですが、日本との結びつきも強くそのカレンダーには毎月日本語タイトルが付け加えられています。このカバー写真の元となった月には「生まれ変わり」と言う単語が書かれており、アルバムにも相応しています。
 Introduction 
トリオの3人で始めた当時、まだ方向性もあまり定まっていなかった事もありリハーサルでいろいろと実験的にやっていた時に偶然生まれたものです。この曲に関して決めた事は簡単な調性、5音のベースリフと2小節程度のピアノのモティーフだけで、あとはすべて自由、テンポも小節もフォームもありません。ベースとドラムの掛け合いから始まり、ピアノが加わった所が本題開始と言う合図で、曲の終わりも好きなところで終止へと向かいます。

Sky Island 
この曲は2008年頃から活動していたShiKisai (Sayuri Kato Group)というフュージョンバンドでも演奏していた曲で、当時は私はピアノを弾きながら同時にカホンも叩いていました。トリオでカホンは登場しません。曲の構成など大きなアレンジは加えず、落ち着いた感じであまり目立った特徴のある曲ではないですが、ライブでも人気なのでよく演奏しています。曲の背景はタイトルそのまま、空島ということになりますが、それが天空の世界を夢みるものだったり、暗中模索を示すものだったり、生死を意味するものだったり、何も考えずただ流し聴きしたり、この曲を偶然耳にした人から演奏者まで個々の解釈でいろんな受け取り方ができると思います。私の中では中盤のピアノソロが始まるまではまだ空島には辿り着いておらず、目的地(目標)を目指しながらも彷徨っている状態、冒険の中で「何か」を見つけるが果たしてそれが正解なものかどうかは誰も知る由なく、その「何か」を果たした後はまた平穏無事に戻り余韻を残して旅が終わります。目の前に広がる景色や有様、すべての物事は各々の感じ方·受け取り方によって広義における解釈から多角的視点を持つ事が可能である言う意味でアルバムタイトルになっています。

 Time Tunnel 
少しトリッキーな曲で、これをあえてやりたいというミュージシャンがあまりおらず、それまでほとんど演奏する機会はありませんでしたが、トリオの選曲段階で少し弾いたら2人がとても気に入ってくれたので、レパートリーに追加しました。これは特に深く考えることなくピアノを触りながら一気に作りあげた曲で、特別な背景というものはないですが、私の曲で Time Trip というものがあり、どちらもその名の通り時間や時空がテーマです。
 Time Trip がかなりの大曲なので、Time Tunnel は私の中では同じテーマでセットになった少し軽めの位置づけになっています。曲中では本来は決まったソロフォームがありましたが、トリオでのアレンジで自由なピアノ·ドラムソロが生まれました。曲全体があっという間に過ぎて行き、ほんの少しでも集中力が逸れると完全にズレてしまうので、演奏する時はいつも全員がスリリングな気分を味わっていますが、レコーディングでは特にまとまった良いテイクが録れたので皆驚きました。


Debussy Etude No.1 
ドビュッシーはハーモニーも美しいですが、それまでになかったさまざまな技法で人々を驚かせ、魅了しました。私自身の長いクラシック歴の中で、ウィーンで生活しているにも関わらずウィーンの作曲家を自ら好んで弾くことはあまりなく、もちろん良い曲はたくさんありますが、どちらかと言うと勉強のためにただプログラムをこなして弾くという状態でした。その中で同じクラシックでも特にドビュッシーは昔から好きで飽きることなく、本格的にジャズを始めてからも学校でのレッスンやアンサンブルでドビュッシー作品のアレンジや演奏をしていました。
このエチュード1番はチェルニーの練習曲を皮肉って作曲されたものですが、たった1音を加えるだけで未知の音色が生まれ、そこから発展していくと言う発想、また1音ずらすだけで生まれる新しいリズム、そこからの展開、どれもが興味深く研究していく価値あるものです。ドビュッシーが作曲したものをさらにトリオでは独自のアレンジで、先に書かれたものだけでないインプロヴィゼーションの偶発性を同時に生み出していくと言う事が可能で、そのプロセスに関してはとてもやりがいがあり、このエチュード1番だけでなくライブでは他にもいくつかの作品を取り上げています。クラシック作品をただジャズ風にテンションコードを加えてスウィングで演奏する、と言う形態はよくありますが、それだけだとやはりつまらないのでトリオではもっとその本質を追求しています。アルバムの4曲目である点については、アルバム全体の流れと自分が聴者になったつもりでの前後の曲風などを勘案しながら最終的にこの並びになりました。

July 7 - Tanabata 
タイトル通り、七夕物語をイメージした曲ですが、最初の楽曲スケッチ段階ではもっと簡潔で全く違うタイトルを付けていました。それが1人でアレンジしていくうちに次々と構想が膨らんでいき、七夕の曲になりました。
特にこれがジャズだと言う拘りはなく、大曲ですが構成はとてもシンプルです。1年で1度しか会う事が許されず、愛する者に会う事ができない悲しさ、その間の厳しい仕事や任務、会う事が許された瞬間の喜びなどを表現しています。曲は天の川をイメージしたシンプルなピアノイントロから始まり、ラテン調のリズミカルなテーマから発展、喜びや悲しさ、心の葛藤、いろんな想いを表現したピアノソロから甘くて物悲しいベースソロパートを経てまたそれぞれの住む世界へと戻っていくと言う構成になっています。七夕から連想されるロマンティックなイメージだけではない、色々な要素が込められています。

After the Tears, Dream Away 
この2曲はアルバムの中ではポップ調の曲で、それまでの重い曲から解放される意味合いもあり、最後に持ってきました。After the Tears 原曲ではリードシンセなどを用いて様々なメロディーが絡み合うアレンジがありましたが、トリオではごくシンプルにベースがテーマを奏で、ピアノがそれを受け継ぎ展開していきます。イントロのドラムとピアノがとても印象的な曲の導入になっています。この曲は自分自身が人生と言う深い闇を抜け出した時の事を表現をしたもので、生きていれば誰もが1度は経験するであろう辛かったり悲しい経験、負の感情を通り越した時にそこから生まれる優しさ、強さ、立ち向かう勇気など、人間の持つ弱さと強さを描いています。最後の Dream Away は、それまで様々な事を経験し、結局すべては夢の中の出来事ではなかったのかと思わせられながら、まだその先にさらに続くであろう未知の世界、そして手の届きそうにないものを思い描きながらも進み歩んでゆくと言う意志を表現しています。
アルバムで思い入れのある曲はあるか?
どれもが思い入れのある曲なので特にこれ、と言うのはありません。このアルバムの曲以外にもたくさんの自作曲はありますが、それぞれ全ての曲にストーリーがあります。アルバム制作については、元々トリオで活動をするにあたってデモ音源を作るためにレコーディングしたのですが、思いのほか良いものに仕上がりました。とはいえ、実際には細かいミスや直したい箇所などもありますが、それがその時のそのままの状態だと受け止め、録り直しや修正などは一切加えず、当初はもしこれをアルバムとして完成させるのであればもう2~3曲追加したいと思っていました。それからがなかなか進まず、追加レコーディングを考えるうちにトリオのレパートリーや新曲も増えてゆき、リハーサルやライブを続ける中でコロナパンデミーが到来、何度も続くロックダウンでしばらくは完全に活動もストップしてしまいました。そのパンデミーもこちらではようやく終息し、再び活動を再開、まずは今まで手付かずだった音源をリリースに向けて完成させる事にしました。

マスタリングへのこだわり
マスタリングは特にグランドピアノを主としたアコースティック楽器に精通し、ジャズだけでなくクラシックも多く手がけているエンジニアさんを探しました。音源は443Hzと言うジャズでは珍しいピッチで調律されたピアノで録音されていますが、特にオーストリアのコンサートピアノはこのピッチで調律されている事が多いようです。もちろんレコーディング前には確認があり、希望ピッチでの調律をお願いすることも可能です。マスタリングでは配信用に最初にテスト音源を2曲マスタリングしてもらった後に全曲、全てエンジニアさんにおまかせし、さらに楽曲と楽器の輪郭がはっきりと強調され、透明感と抑揚のある仕上がりになりました。
ブックレットに登場するサギ
アルバムリリースとともに公開したデジタルブックレットの中に登場するシラサギ (地元では単にシラサギ と呼んでいますが、実際にはアオサギ·コサギ)について。
私事になりますがつい最近約13年ぶりに意を決して、短期でしたが一時帰国をし、病気と闘っていた幼馴染の最期に会う事ができました。彼女はそれからすぐに若くして亡くなり、私はなんとかしてこのアルバムを完成させ残そうと思いました。その帰国の際に地元でたくさんのサギを見かけ、なんとなく残した写真をブックレットに使用し編集していたら、メンバーに「サギは何かの意味があるの?」と聞かれました。それがふと気になってのちに調べたところ、サギは「生まれ変わり」、アオサギは神話に登場する「不死鳥」の象徴でもあると言う事を知り、タイトルやカバー写真の事も重なり非常に驚きました。ただ計画しただけではおそらくたどり着く事がなかった、そう言ったいろんな偶然も重なり最終的にアルバム全体を完成させることができました。
日本とヨーロッパジャズ界の違い
あくまでもオーストリアとの比較になりますが、日本はとても女性ジャズミュージシャンが多く、活躍していると思います。こちらは特に楽器に関してはまだ女性が少なく、年々女性奏者は増えてはいますが格差が大きいです。10年以上も前、学校でついていたジャズピアノの教授から卒業する目前に「この国ではまだまだ女性ジャズピアニストは少なく、とても軽視されている。もしこの世界でやっていくのなら自分が一番自信あるものをとことん武器にしてやりたい道を貫きさない。」と言われました。当時はまだその意味がそこまで分かりませんでしたが、その後身を以て知っていく事となりました。
音楽面ではジャズの中でもかなり即興性の高い実験音楽の様な分野が特に促進されています。本格的な自己グループにおける活動はオリジナルが中心で、スタンダードナンバーが取り上げられる事もなくはないですが極めて少ないです。

ヨーロッパは非常に多種多様な人種、民族で出来上がった社会で特に言葉の違いも大きいのでそれが音楽にも共通していると思います。ほんの少し見渡すだけですぐにインターナショナルなミュージシャンが顔を合わせ、様々な音楽や文化を学ぶことが可能です。


レーベルについて
レーベル設立に関しては15年ほども前から漠然と考えていたものですが、具体的に何も進めていませんでした。コロナ禍で今までにない余裕ができ、初めて時間のストレスなく物事に取り組むことが出来たので、まずは私が別名義で取り組んでいるプロジェクトを実験的に進めながらシステムを構築していく事にしました。全く何も分からない状態から始めて、大変だったのは最初のレーベルに関するあらゆる申し込みや手続きなどの事務作業で、山の様なドイツ語の資料や書類と奮闘しながら、さらにもっと大変だったのはウェブ作業です。プログラミングからロゴやサイトのグラフィックアート、ウェブサイト構築、SNS関連など全て1人でやっていたので毎日ほぼ徹夜でした。
それからやっと土台が出来上がったので、今回のトリオのリリースに関しては決定してからとてもスムーズに進める事ができました。

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